沖田迷探偵によるSlapstick

金糸雀がなくころに

ーーー序章



DETECTIVE AGENCY  (探偵事務所)とかかれたプレートの下がる扉。
そのドアノブを斎藤一は躊躇なく開ける。わずかばかりの希望的観測を抱いて。
しかし、その観測は見事に打ち砕かれることとなる。

扉の先に広がる部屋は本来、必要最低限の家具が置かれたシンプルで洒落た部屋のはずだった。
しかし、今、分厚い本やこげ茶の脱ぎ捨てられただろうクラヴァット、何故か手錠らしきものなど様々なものが散乱している。
瞬間、湧き出た憤りを押し殺し、つかつか、と規則的な足音をたて斎藤が向かったのは大きな皮張りのソファ。
彼が歩くたびに彼の身に着けているスーツの裾が少し、翻った。


斎藤は身近落ちていた辞書なみの厚さのある本を掴むと無表情でソファへと放ってやる。ーーーすやすやと眠っている「猫」に向かって。数秒後、鈍い音が響き、ソファからむくりと何かが起き上がった。
「あー、お早う。・・・いったいなぁ、一くん。横暴だよ?」
「お前への目覚ましだ、総司。・・・何ゆえ仕事をしていない」
後のほうを強調して言うとねむたかったから、と飄々と返される。

この、気まぐれで仕事をしない、勤労と素直という言葉が世界一似合わないだろう男が。
この探偵事務所唯一の探偵 沖田総司である。


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オフィス街の一画にこの探偵事務所は立っている。
名は「OKI探偵事務所」。
何ゆえ、この名になったかはいろいろ紆余曲折があるのだがそれはまた、別のお話。

さて、この事務所の唯一の探偵沖田は元刑事で弁護士の資格ももっているという輝かしい経歴を持った私立探偵である。
鋭い観察眼と天才的な頭脳が織り成す推理によって数々の難事件を解決した筈だが・・・・・・。
やる気がまるでなく、口癖が「面倒だから、斬っちゃう?」などという人柄を見てその経歴を信じるものは少ないだろう。
そして、その沖田を仕事のみならず、−−関わりたくないようだがーープライベートでもサポートしているのが
助手の斎藤だ。
豊富な医学知識を持つ彼は副業で医者の職業にも就いている。
本当は沖田の助手などさらさらやる気が無かったようだが深い諸事情によりやらざるをえないらしい。

と、いうでこぼこな二人が運営する探偵事務所はたしかに存在していた。

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「ねぇ、一くん。もう、お昼でしょ?暇だったら珈琲淹れてよ」
せっかく、ソファから起こした上体をまた横たえると足をぶらぶらさせながら沖田が言う。
「・・・暇?お前が俺の不在の2日間の間散らかしたものを整理してやってる俺に暇だと?」
斎藤が不穏な空気を揺らめかせるが沖田は気にしたふうも無く。
「じゃ、一くんも休憩すればいいじゃない」
仕方なく斎藤はキッチンへ行き、鉄製のケトルを火にかけた。
因みに沖田お気に入りのコーヒーサイフォンは斎藤が事務所を訪れなかった間、沖田がいろいろ弄ったらしくカスが溜まり、四方八方に飛び散っている。

黙って珈琲を淹れるのにいそしむ斎藤を眺めながら沖田は余計な発言を零した。
「僕、一くんのちょっと渋い珈琲すきだよ」
「・・・・・・。」
それをあえて無視しながら斎藤は黙々と手を動かした。自分ではまともに料理できない沖田になんぞ言われたくない言葉だが斎藤は沖田より精神年齢が高いと自負している。

「・・・今日は依頼があったのではないのか」
「ん、何の話?」
「ストーカー調査のことだ。今日、警察の方と協力してストーカーを捕まえる日だったと俺は記憶している」
「そうだったよ」
過去形の返答に軽い眩暈を覚えながら淹れ終わった珈琲を沖田に手渡してやる。
それを受け取るとミルクブラウンの表面にふぅふぅと息を吹きかける。
非常に子供っぽい仕草である。
「あんまり、ちょこまか動いて面倒くさいし、斬っちゃいましょうかっていったら追い出されちゃった」
「・・・・・・・・・。」
斎藤は文字通り頭を抱えた。
ただでさえ、依頼が少ないこのご時勢なのだ。
このまま、沖田が仕事をしないままだったら、来る赤字を待っているようなものである。
頼むから、途中までこなした依頼は最後まで終わらせて欲しい。


「お前のせいで赤字になるぞ」
「別に?一くん、副業もってるし、僕は近藤さんの役に立ってればそれでいいし」
因みに近藤とは沖田が懇意にしている警視総監である。
何故か、沖田は著名人との伝をもっているのだ。
「そういう、問題ではないだろう」
「大丈夫、愉しい依頼だったら僕しっかりやるから」
「どんな依頼でも真面目にやってくれ・・・」
「やだなー、一くん。僕は真面目だよーー」
にっこりとした笑みだけは顔に貼り付けながら、棒読み口調で沖田が口を動かす。
続けて、はいと手渡された本が一つ。
辞書らしきそれの開かれたページには{真面目}の説明が載っており下にはマジックで真面目とは沖田のこと。
と手書きでかかれている。

阿保過ぎてつっこむ気にもなれない斎藤である。

無言でダストボックスに放り投げようとするとあ、駄目駄目と予想以上にすばやい沖田により、遮られた。
「そこには僕の渾身のパラパラマンガとか、芸術的なラーメンの染みがあるんだから捨てちゃ駄目だよ」
もー、一くんたらうっかりさんとお茶目にいわれても寒気がするだけである。
辞書を書いてくれた方、すみませんと斎藤は心のうちで謝った。

今日もいつもどおり、この話題は平行線をいくので斎藤は一つため息をつくとくるり、と背を向けた。
そこに図ったようになる金糸雀型のベル。
このベルは事務所入り口へとつながる階段に秘密裏に張られた糸とつながっている。以後、そこを人が通れば糸が切れる。
糸がきれればとベルがなる仕組みだ。糸はもろく、切ってもわからないようにしてある。が、これによってなるベルの音の強弱や長さでで沖田は来る依頼人の人数や性別などを判断しておくのだ。
つまり、誰か依頼人が来たということ。

「今日は依頼の予約が入ってなかったよ」
予約のメモが書かれている紙にぱらぱらと目を通すと沖田はつぶやく。
そこには辞書に落書きしたり、という子供っぽい顔はみられない。
どこか、鋭い雰囲気のある探偵がそこにはいた。
「ベルからして、一人で女の子かな」
ベルが激しくなっているから、気が急いているねと沖田は付け加える。
「探偵事務所に喜んで入る物好きはいないから、かなり早急な対応が要求されるということか」
「そ、さすが一くん。察しがいいね」

そういながら、焦げ茶のクラヴァットを首に巻きつけるとソファの前にある黒壇のデスクに腰を預ける。
「お前の出番だろう、総司」
「きっと、面白いと思うな。じっちゃんの名にかけて楽しんで見せるよ」
「・・・総司」
「ん?」
「お前の祖父は探偵ではないだろう」
「つっこむとこ、其処なんだね」


愉しい事件の依頼はOKI探偵事務所まで


    (僕が全力で愉しんであげる)


「総司ィィィィィ!!!」
一方、警視庁では怒号が響き渡っていた。
その叫びを発しているのは敏腕警部である土方歳三である。
その計算された捜査とカリスマ性で警察関係の人間ならば知らないものはいないだろう。
常々、上から昇進を打診されているそうだが現場のほうが性に会っていると断っているらしい。
「土方さん、落ち着いてください」
「そうだよ、土方さんおちつけって」
土方を必死に宥めているのは彼の部下である山崎と藤堂である。
「いくら、総司が土方さんから帰れっていわれた腹いせに土方さんの手錠全部掏り取ってとしてもさ・・・」
そう。今日、土方たちは元土方の部下であった探偵とともに事件の犯人をお縄にかけていたのだが。
めんどくさがった探偵に渇をいれた土方は仕返しに手持ちの手錠全てを掏り取られるという惨劇にあってしまった。
「うるせぇ、なにが悲しくて犯人つなぐためにおまえたちが来るまで犯人の男と手をつながなきゃなんねぇんだ!!」
「「・・・・・・。。」」
「総司ィィィィ、今度顔をみせてみろ!!それ相応の仕返しをくらわせてやらぁ!!!!覚えてやがれぇぇぇ!!!!!!」

     +     +     +

「っくしゅい」
「総司、風邪か」
「ううん、たぶんどっかのお馬鹿さんが僕の噂をしてるんじゃない」
「・・・・・・?」

沖田がこのさき、反省の色を一瞬でも見せることはないだろう。

                                  to be continued,,,,,